方広寺の特別公開は以下のページを参照して頂くほかないのですが
(「京の冬の旅」非公開文化財特別公開 方広寺|【京都市公式】京都観光Navi)

まずこちらは江戸期に再建された廬舎那仏。
秀吉が勧請した現物の10分の一の大きさと
伝えられています。
秀吉作成のオリジナルの像の
額にある突起の様なもの、白毫相の中に収蔵されていたと伝えられる
瓦様のものに仏像が彫刻されたもの
が展示されていましたが、それを見るだけで
元の像の大きさが想像を絶するものであったことが偲ばれます。
ひいては秀吉が一代で築き上げた豊臣家の財力の巨大さが、
途方もないものであったことが理解できます。


上の2枚は特に主人が好きな龍のもの…。
特に左は左甚五郎作と伝えられる欄間です。
次は方広寺の地続きの豊国神社…。
秀吉を祀っています。


左は豊国神社前の秀吉の像、右は国宝の唐門。
唐門は前章にも出ていた伏見城からの移築です。
唐門は桃山時代の建築として華麗な細工を施されている筈ですが、そんなことをしていると後の場所が回れなくなるのでパス!
ついでに豊国神社の境内の一角には元の方広寺の大仏殿の跡地が公園になっている部分があり、そこに元の大仏殿の礎石などが残っている筈ですが
それもパス!
加えて、宝物庫には豊臣秀吉ゆかりのものが納められている筈ですが、これもパス。
『先を急がねば…』と
国立博物館の横を通っていると主人の足が止まってしまった…。


『この建物はなんだ?』と主人。
『多分、kyoto national museum(京都国立博物館)だと思う。』と私。
実は主人は過去に京都国立博物館には入っているのですよね。でもその時は七條通りの方から入ったのでそんなに建物が印象に残っていなかったらしい。
『一体、いつ建てられたんだ?』と主人。
『そんなもんまで知るか!』と私。
『この建築スタイルはなんだ?』とまた主人。
『多分、ヨーロッパスタイルではないかしら?』と私。
『ヨーロッパスタイルの建築様式?どっちかと言うとインド風に見えるけど?』と主人。
で、門の外で喧々諤々揉めていると噴水の水が止まって像が見えてしまった。
一瞬、『まずい!!』と思う私。
『あの像はなんだ?』
『あ~あ。やっぱ来たか!』
で、ここでロダンの考える人といくら言っても通じない。
まずロダンの発音がだめ、いくら言ってもききとれないらしい。
(ってロダンってフランス人でなかった?)
主人の様子から察するにイギリス人とフランス人の関係って微妙なみたいだから、かえって知らないのかな?
と言うか、帰ってきてからロダンのつづりを調べてみると、François-Auguste-René Rodinだから(フランス人であっていた!)
Rodinはロの音はいいとしても、ダン、特にスペルのdinから察するにダの音にはならないかも…。
こういう時が一番通じないと言うか、
私達日本人が一般に理解している音と主人が理解している音に開きがあるので全く理解してもらえない。
本来の目的ではない国立博物館について、延々と道で議論していても時間ばかりが無駄に過ぎるので
主人には『疲れたからお茶でも飲もう。』と言って袖を引っ張って漸くにその場を脱出♪
で、飛び込んだのは…


七條甘春堂…。


主人のための注文は左で…何を食べるかわからないので色々とバラエティに富んでいるものを。
私の注文は右。
主人の注文、お盆の手前の左から葛切り。この日無茶京都寒かったのですが、にも関わらず氷が入っていました、ちょっとびっくり。
その右は白玉ぜんざい、基本的に小豆があまり好きでないのでこれが一番やばいかな、とは考えていたのですが、温かいものだったので。
お盆中央は葛切りのための黒蜜、向こう側の左は和菓子、そしてお抹茶という取り合わせ。
私の注文は左がお抹茶、右が抹茶わらび餅。
で、結論から言うと主人全部食べました。少し苦労しながら全部葛切りすくい上げて、挙句に残った黒蜜も飲んでました。
ぜんざいは嫌なしつこい甘さではなかったので、全部食べてました。
白玉団子、或いは御餅は好きですし…。
そして私の抹茶わらび餅も7割がた食べてました♪
私の口に入ったのは少しのわらび餅とお抹茶…。
部屋は和室で床の間にはひな人形が飾られていました♪


そして床の間の掛け軸はやっぱり
豊臣秀吉…


京雛さんの御顔はやっぱり雅やかです…。
と言うわけで私と主人の旅はまだまだ続きます♪


