大徳寺を出たところで運よくバスが来たので飛び乗り、北大路バスターミナルに。

そこで再び地下鉄烏丸線に飛び乗り、烏丸御池に至り、地下鉄東西線に乗り換えて醍醐に至る。

で、タクシーにて醍醐三宝院にと、依頼。

私達がタクシーを降りたのは旧奈良街道と書かれている道。

総門の所で拝観料金を支払う段になって

1か所、2か所、3か所って聞かれて思いっきり戸惑った。

で、左側の地図がその意味を説明している。(醍醐寺ホームページより)

点線で囲まれた部分をどこか一か所だけの参観であれば600円、二か所になると1000円

三か所すべてで1500円、と言う計算になるらしい。

今回は三宝院(左の地図の左下の部分)を見るのが目的だから、600円だけ支払って入場。

しかしここも春の桜のシーズンは800円と値段がアップするらしい

って過去に二回来たことがあるのに全く覚えていなかった(恥)。

で、これが三宝院の図。

右隅の拝観受付と書かれているボックスの

左の側の門から入って

 大玄関と書かれている部分より

邸内に上がることになる。

建物の左側の非公開エリアと

書かれている部分が今回の特別公開の対象部分で

ここに入る前に

  更に800円支払う事となっていた。

(醍醐寺ホームページより)


 

まず左の写真は葵の間の襖絵の写真、名前の通り葵祭の様子が描かれています。そして右の写真は国宝の唐門。

写真の左側にわずかに見えているのが秋草の間、襖絵は秋の七草です。

 そしてメインに写っているのが勅使の間です。

こちらは亀島と鶴島の写真。

 亀島に植えられている松は樹齢600年以上とのこと。

手前に写っている石のどれかが

  賀茂の三石…???

こちらは三段の滝と木立の間に見えている褐色の建物は枕流亭

 秀吉デザインの茶室と伝えられている。

醍醐三宝院庭園は秀吉による有名な『醍醐の花見』の際に整備が計画されたが、秀吉はその年の8月に亡くなり、

以後の整備は秀吉の妻である北政所に引き継がれたとの説明であった。

 

こちらは表書院…

きっと客と公式に目通りするための部屋だったのだろうな?と推測。

  こちらの上段及び中断の間の襖絵は長谷川等伯一派の作品と言われています。

 写真の左に写っているのは下段の間で蘇鉄と孔雀が描かれています。

 

ここからが今回特別公開の部分…。

 まず奥宸殿

正面の違い棚は

  修学院離宮の霞棚、桂離宮の桂棚とともに

   天下の三大名棚と称されています。

  上は奥宸殿の向かって右側です。

そして本堂に至る橋を渡ります。

橋の下には池に浮かべて楽しんだとみられる舟が係留されています。

  

左は本堂写真、右は本尊快慶作と伝えられる弥勒菩薩像。

   優しいお顔をされた弥勒菩薩像でした。(写真は醍醐寺ホームページより)

庭を歩き、茶室枕流亭に

  

上は茶室の内部写真…。

  柱に使われている樹木、窓の様子、障子の床等

    様々に趣向を凝らしながら、造られたのだな?と思うけれど…。

 そして最後にこの庭の目玉…

    

この四角い形をした石。

   これが天下の名石と言う事で…。

 名を藤戸石と言うらしい。初めは足利義満によって岡山県から金閣寺の庭園石として取り寄せられ、

続いて足利義政が銀閣寺に移し、応仁の乱に至り細川邸に、続い織田信長により旧二条城へ。

本能寺の乱により信長が倒れると政権を握った秀吉により聚楽第へ、そして最終的にここ醍醐寺三宝院へと。

  その時々の権力者とともにその場を移していった石だそうです。

それほどに小さい石でもないし、運搬の仕事に携わった人は大変な苦労だったでしょうね、の感慨しか残りませんでした。