6月に入り、6月の花は何かと考えているとやはり花菖蒲が見事ではないか

と思い至りました。

と言うわけで早速に花菖蒲園に出かけました。

まだまだ一杯あるのですが…。

出かけたのは奈良県北葛城郡河合町佐味田にある馬見丘陵公園です。

いつまでたっても変な事にこだわる私、駐車料金も入園料も無料だったのが妙にうれしかったです♪

で、特に私が心惹かれたのは…

この王昭君と言う名前…

 花の形とか、色合いではなくなぜにこの名前を付けたのだろう?と疑問に思ったのです。


王昭君…中国4美人の一人です。あとの三人のうちの一人が特に有名で楊貴妃と言われています。

王昭君の美しさは彼女を見た空飛ぶ鳥が空から落ちるほど、

楊貴妃の美しさは彼女の美しさに花も恥じらって花を隠してしまうほど、

そして今一人の貂蝉(ちょうせん)の美しさは月が隠れてしまうほどだと…。


 

王昭君は紀元前1世紀頃、前漢の元帝の後宮に仕えた宮女だと言われています。

庶民の子として山村に生まれ、その美しさから朝廷に召し出されます。

しかし当時皇帝の後宮にはあまりに多くの女性が仕えていたために

皇帝はどの女性のもとに足を運ぶか、迷ってしまいました。

そこで皇帝には一つの考えが浮かびます。

宮廷につかえる画家に命じて、女性の肖像画を描かせれば良いであろうと。

その絵を見て、美しい女性のもとに通う事と決めた訳です。

後宮に仕える女性は誰もが皇帝の寵愛を受けたいと願っていたので、

画家に賄賂を贈り、少しでも美しく描いてもらおうとします。

しかし唯一人、王昭君だけは画家に賄賂を贈りませんでした。

まあ、自分が一番美しいと自信があったのかもしれません。

結果、画家たちにより、本人とは似ても似つかぬ醜い姿に描かれてしまいます。

当然皇帝が彼女のもとを訪れる事はありませんでした。

そのような中で中国の北の遊牧民族の匈奴が和平のために漢の都を訪れます。

そして友好のために匈奴の王に妻たる女性を賜りたいと願います。

皇帝は肖像画の中で一番醜い王昭君を遣わすことを決めます。

王昭君が匈奴の使者とともに漢の都を離れ、はるかに嫁ぐこととなった時に謁見してみると

なんと彼女は宮廷一の美女でした。

しかし約束をたがえて別人を送ることとすると匈奴との関係が悪くなるかもしれない事を恐れて

決定通り皇帝は王昭君を匈奴に送りました。

後に怒った皇帝により画家たちは斬首されました。

王昭君は匈奴の王との間に一人の男子を設けるも夫に先立たれ、

最終的に匈奴の地で生涯を終わったと伝えられています。

さてこの話、だれが賢明で誰が愚昧だったのでしょうか…