亡くなった母は何もかも出来た人でした。
料理も上手だったし、洋裁も、刺繍も。
冬になると家族のセーターを何着も編んでいました。
女性の仕事と考えられるものだけでなく、男性並みの力仕事もかなりこなしました。
百姓仕事も彼女の両親から頼りにされていましたし、車の運転も巧みでした。
その母は年老いた姿を見せず、人生の絶頂でこの世を去りました。
私の人生はその母の姿をいつも超えられないものとして追いかけて年を重ねてきました。
親子関係はすべてそんなもの,子が超えられない親の姿を追いかけていくもの、なのかもしれません。
その母に意地を張ってと言うわけではないのですが、
数年前より自身の普段着を自作するようになりました。
自作するようになった理由はいくつかあります。
まず、一番大きい理由は悩み事があるとそれから気をそらすことが出来ないと言う私の性格にあります。
果ても無く、『ああでもない、こうでもない。』と考え続けるのです。
そして最終的に考えることに疲れ切ってしまって、精神的におかしくなってしまうのです。
ひどい時には眠っていても夢の中でそのことを考え続けています。
その私の癖を知っていた母は生前『家に’〇ちがい’がいる。』と言っていました。
その思考の癖から抜け出すために今は単純な手先仕事をすることにしています。
さすがにミシン掛けなどしていると集中していないと危ないですから…。
二番目の理由としては年を取って体形がくずれてしまったことにあります。
既製品がきれいに着れないのです。
三番目…。
最近の服飾のデザインが私の好みに合わないのです。
と言うわけで、外国から古い型紙を取り寄せて、好みの生地も外国から取り寄せて
自分好みの服を下手の横好きで作ることにしています。
但し、問題は型紙の絵を見た時点ではデザインは好みなのですが
出来上がった時点で完成品が自身の好みかと言うと、少し疑問ではあります(笑い)。
よく使っている型紙は下の写真の通り…

アメリカのVogue(ヴォーグ)の型紙です。
これは今回製作したワンピースの型紙です。
そしてこの型紙は1952年に販売されたものです。
念のために、この年私はまだ生まれていません!!!



ご覧の通り、型紙は英語またはフランス語で書かれています。
私にはフランス語は無理なので、英語の部分を使う事になるのですが
知っている単語であっても、私の得意分野での意味とは違う意味で使われていることが多いので
勢い主人を煩わすことになります。
と言っても、主人も洋裁など何も知らないので助けになっているのか、足を引っ張って邪魔をしているのか
訳が分からなくなることもあります。
文殊の知恵ならぬ、頼りない二人であれやこれやと喧嘩に近い状態になりながら作ることとなります。
実はこのワンピースにかかったのは今から5年以上前。
私の乳癌が見つかる前でした。
その後、徐々に体は回復して行ったものの、やはり服を作るなどという根を詰めた仕事はできず
放置されていました。
最近、だいぶ体調も良くなってきたので、少し手を出そうかな、完成しようかな、と言う気分にもなりました。
やはり、手術は終わり、体は回復していると言ってもその回復は段階的で
時を経過せねばなかなかに元の気力は取り戻せない、とつくづく感じます。
と言うわけで完成品は…

ご覧の通りで、軽い綿の生地なのでこの夏の普段着として使えそうかな、と思います♪

