金沢大学で薬学を学んでいた時、大学4年生はそれぞれ希望の研究室に所属して卒業研究でした。

 薬剤師資格試験のための勉強は大学としては全く支援はありませんでした。

『そんなもの自分でやれ!』

 と私達は理解していました。

結果の未知な研究に毎日、毎日取り組み失敗を重ね、試験勉強どころではありませんでした。

それでも何とか一度の試験で通ったので、やはり基礎学力と必要な事は教えてもらっていたのでしょう。

研究と言っても何もそれらしいことのしたことない大学生が突然できることではなく

研究室を統括している教授の研究の部分を担っている大学院生のそのまた一部分の

どうでも良い部分を分けてもらい、彼らの指導を受けながら

研究のまねごとをしていただけなので大したことをしていたわけなのではないのですが…。

でも『最先端の研究をしているぞ!』と意気込みだけはすさまじく、

日にちが変わるまで大学院生とともに研究、討論をしたりして、

時には安いおでん屋で御馳走してもらったり、

自分なりに青春を燃焼しているつもりの日々でした。


 その私の指導係りの大学院生が富山県の出身でした。

彼から富山県の砺波平野が日本有数のチューリップの産地と教えられました。

検索すると切り花の生産量の日本一は新潟県、球根の生産量の日本一は富山県と出てきます。

この二県で日本の生産量のほぼ100%をまかなっているそうです。

ですので、彼から教えられた情報は正しかったのだと思います。

彼への憧れもあり、

 砺波平野のチューリップフェアを見に行ってみたいと言う気持ちはこの時に生まれました。

しかし母親から兵糧攻め状態の大学生活の中で富山まで出かける資力は全くありませんでした。

母親の口癖は『勉強のために大学に行っているので、遊ぶためではない。』とのことでしたので…。


私が大学を卒業した頃は、母方の祖母が世間的に言う老人病院に入院していた時にあたり、

母は祖母を引き取りたいし、でも父の手前思いが叶わず、と言う不均衡な状況が続いていました。

ある時、老人病院から私たちの自宅に外泊で遊びに来ていた祖母が

病院に帰って後、こんなことを口にしました。

『庭に咲いていたチューリップの花が欲しかったのだけれど、

花を切ってしまったら、無くなるから欲しいって言えなかったわ。』と。

そしてそれから日を置かず、祖母は亡くなりました。

その祖母の言葉が悲しかったのでしょう、

それまで毎年の様に庭に植えていたチューリップの花を以後、母は植えませんでした。

金沢大学を卒業してから、同窓会も含めて何度か北陸方面に行く機会がありました。

そのたびに家族旅行となりましたが、母にとって悲しい思い出となってしまった気持ちを慮り

砺波のチューリップ公園も一度行きたいとは思いながらも、

言えませんでした。


 主人と暮らすようになって、私の気持ちも少しずつ変わり、両親との思い出も触れば血を吹くような生々しい辛いものではなくなりました。

両親と思い出のあった土地、関わりのあった土地を訪問できるようになりました。

ある年主人に立山黒部アルペンルートから有名な雪の壁、雪の大谷を見せて、帰りに砺波チューリップ公園に立ち寄りました。

あれから30年のことでした。

どれほどの事を積み重ねてきた年月でしょう、

と言う感慨はさておき…。

砺波チューリップ公園のチューリップフェア

  今年は4月22日から5月5日まで

アクセスは北陸新幹線にて新高岡駅までそこまでローカル線に乗り換えて砺波駅まで。

確か、砺波駅からはシャトルバスがあったような…。

インターネット情報は

<公式> 2026となみチューリップフェアとなみチューリップフェア

となります。